韓国政府「徴用」問題の解決策を発表 韓国の財団が支払いへ

太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で、韓国政府は、裁判で賠償を命じられた日本企業に代わって、韓国政府の傘下にある財団が原告への支払いを行うとする解決策を発表しました。
ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は「未来志向的な韓日関係に進むための決断だ」と意義を強調しましたが、原告側の一部から反発の声も上がっています。

韓国のパク・チン外相が記者会見で発表

韓国のパク・チン(朴振)外相が6日午前発表した、「徴用」をめぐる問題の解決策では、2018年の韓国最高裁判所の判決で賠償を命じられた日本企業に代わって、韓国政府の傘下にある既存の財団が原告への支払いを行うとしていて、財源は韓国企業などの寄付で賄う見通しです。
パク外相は「冷え込んだ韓日関係は事実上放置されてきた。今後は、韓日関係を未来志向的により高いレベルに発展させていきたい」と強調しました。
また、韓国外務省の高官は、財団が原告に支払った相当額の返還を日本企業に求める「求償権」について「いまのところ求償権の行使は想定していない」としています。

ユン・ソンニョル大統領「未来志向的な関係に進むための決断」

ユン・ソンニョル大統領は、午後の会議で「さまざまな困難の中でも解決策を発表したのは、未来志向的な韓日関係に進むための決断だ」と述べ、意義を強調しました。

さらに、ユン政権を支える与党「国民の力」も「解決に向けた勇気ある第一歩だ。この問題が新たな政争の具になってはならない」とする論評を出しました。

一方、原告側の一部の支援団体は、記者会見を開き「判決を事実上無力化し、日本企業の責任を問わずに原告の人権と尊厳を踏みにじるものだ」と主張するなど、反発の声も上がっています。

日韓外相が5日に電話で最終確認

外務省関係者は記者団に対し、林外務大臣と韓国のパク・チン外相が5日に電話で会談し、韓国政府の解決策をめぐり最終的な確認を行ったことを明らかにしました。

そして「林大臣からこれまでの外交当局などの協議を評価し、きょうの韓国側の発表、日本側の対応となった」と説明しました。

また「去年7月にパク外相が訪日した頃から真剣に意思疎通を始めた。韓国内では政治的にも法的、技術的に難しい問題があり、協議にも時間がかかったが、厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして大きな方向性を評価したい」と述べました。

そのうえで、解決策では韓国国内の法体系のもと日本企業の債務が取り除かれているとして、1965年の日韓請求権協定で解決済みだとする日本の立場に矛盾しないという認識を示しました。

一方、韓国政府の傘下にある財団が原告への支払いを終えたあと、日本企業に弁済を求めることがないか質問されたのに対し「解決策の趣旨に鑑みれば想定されていないと承知している」と述べました。

韓国国内では野党側が厳しく非難

韓国の与野党では評価が大きく分かれています。

このうち、与党「国民の力」の報道官は論評を出し、韓国政府の発表について「解決に向けた勇気ある第一歩」と評価したうえで、「過去が未来の足を引っ張ってはならないし、この問題の解決が新たな政争の具になってはならない」としています。
一方、最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)代表は、解決策の発表に先立ち、党の会議で発言し「真の謝罪と賠償を求める原告側を踏みにじることだ。外交の歴史で最大の恥であり汚点にほかならない」などと厳しく非難しました。

最近の韓国政府の対応は

「徴用」をめぐる問題で、韓国の最高裁判所が初めて日本企業に賠償を命じた2018年、日本政府は「判決は国際法違反だ」と強く反発しましたが、当時のムン・ジェイン(文在寅)政権は三権分立の原則から司法判断を尊重しなければならないという立場を一貫してとってきました。

「徴用」をめぐる問題を受けて、日韓関係は戦後最悪とも言われるまでに冷え込みましたが、去年就任したユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が、関係改善に意欲を示す中、韓国政府は「現金化」が行われる前に問題の解決を図りたいという姿勢を打ち出すようになります。

韓国政府は、問題の打開策について話し合う官民合同の協議会を設置し、4回にわたって開かれた会合で、有識者らがさまざまな案について議論を重ねたほか、最高裁に対して、「日本との外交協議を続けている」などとする意見書を提出しました。

そうした中、韓国外務省はことし1月、裁判で賠償を命じられた日本企業に代わって韓国政府の傘下にある既存の財団が原告への支払いを行う案を軸に検討していることを明らかにし、日韓両国の間で協議が続けられてきました。

この案に対して、原告側の間では、あくまで被告となった日本企業による賠償と謝罪が必要で、財団による肩代わりは認められないと反発する声がある一方、裁判の長期化などを理由に、政府案を受け入れて早期の問題解決を図りたいという声も出ていました。

“反発” “理解” 政府方針に原告は

「徴用」をめぐる問題で、裁判の原告や代理人の弁護士の一部は、あくまで日本企業による謝罪と賠償が必要だとして、韓国政府の傘下にある既存の財団が原告への支払いを行うという解決策への反発を強めています。

裁判の原告の1人のヤン・クムドク(梁錦徳)さんは、先月に行った記者会見で、「私が死ぬ前に日本から謝罪を受けたい」と述べたうえで、財団による支払いは受け入れられないという考えを示しました。

一方、政府の方針に理解を示す人もいます。

ソウル近郊のスウォン(水原)に住むイ・ギュメ(李圭梅)さんは、最高裁で勝訴した14人の原告の1人だった父親を10年以上前に亡くして以降も裁判に携わってきました。

イさんは先月、NHKの取材に対し「日本企業は最初から賠償しないと言っており、それは仕方がない。誰が支払うかは関係ない」と述べました。

そのうえで、「どんな形であれ、一日も早く問題が解決して、日韓関係がよくなればと思っている」と心情を打ち明けました。

また、別の原告だった父親を亡くし、その後も裁判に参加してきた、韓国中部のピョンテク(平沢)に住むパク・チェフン(朴在勲)さんは、「日本側の謝罪を受けたいが、思いどおりにはいかない。日本での裁判を含めてもう20年も関わり、年もとって疲れ果てている。どんな形であれ、支払いを早く受け取って騒ぎを落ち着かせたい」と心境を明らかにしていました。

米 バイデン大統領「未来に向けた重要な一歩」

アメリカのバイデン大統領は5日、「アメリカの2つの同盟国間の協力関係の歴史における新たな章の始まりだ。両国の国民にとって、より安全で安心、そして豊かな未来に向けた重要な一歩を踏み出した」という声明を発表し歓迎しました。

声明では、アメリカは引き続き両国を支援するとしたうえで「われわれが連携すれば世界はより安全に、そしてより繁栄する」として、3か国の関係強化に期待を示しました。

「徴用」の支援財団とは

今回、原告への支払いを行うとされた「日帝強制動員被害者支援財団」は、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で、日本で強制的に働かされたなどと主張する人たちへの支援などを目的に、特別法に基づいて2014年に設立された、韓国の行政安全省傘下の公益法人です。

これまで、本人やその遺族を対象にした支援や追悼事業、さらに、当時の研究や啓発活動などにあたってきました。

財団の活動には、政府の予算のほか、1965年の日韓請求権協定に基づき経済協力資金が投入された、韓国の鉄鋼大手・ポスコなど韓国の民間企業からの支援金があてられています。

解決策発表を受けて今後は

韓国政府は、「徴用」をめぐる問題の解決策の発表を足がかりに、日韓関係の改善に向けた動きを本格化させるものとみられます。
【日韓の「シャトル外交復活」目指す】
岸田総理大臣とユン・ソンニョル大統領は去年11月、およそ3年ぶりとなる首脳会談を行いましたが、ユン大統領は、日韓両国の首脳が相互に相手国を訪問する「シャトル外交」を再開させたい意向です。

また、韓国メディアは、ことし5月に広島で開かれるG7サミット=主要7か国の首脳会議にあわせてユン大統領が日本訪問を検討していると伝えています。

北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させる中、ユン大統領としては、アメリカを含めた3か国による安全保障面での協力の強化が不可欠だという立場で、今後も日韓の首脳会談の実現に向け、調整が進められるものとみられます。
【韓国への輸出管理の解除要求か】
「徴用」をめぐる裁判で、韓国の最高裁判所で日本企業に賠償を命じる判決が初めて確定したよくとしの2019年、日本政府は半導体の原材料など韓国向けの輸出管理を厳しくする措置をとりました。

韓国政府は、この措置を報復だとして強く反発してきた経緯もあり、今回の解決策の発表を受けて、日本側に解除を求めていく方針です。
【一部原告の反発は続く可能性】
一方、政府の方針に対し、原告側の一部にはあくまで被告の日本企業による賠償と謝罪が必要で、政府傘下の財団による肩代わりは認められないと反発する声が根強くあります。

原告側の弁護士は、財団が日本企業の支払いを肩代わりするという方法が、最高裁の判決に照らして法的に有効なのか、今後も裁判で争う可能性も指摘しています。

韓国向け輸出規制の状況

日本政府は2019年7月、半導体や有機ELパネルなどに使われる、
▽高純度のフッ化水素、
▽レジスト、
▽フッ化ポリイミドの3品目について、韓国向けの輸出管理を厳しくしました。

具体的には、これらの3品目を企業が韓国に輸出する際、それまで免除されることがあった経済産業省への申請を、契約ごとに許可を受ける形に変更しました。

さらに8月には、輸出の手続きを簡略化できる優遇措置の対象国から韓国を除外しました。

その理由として経済産業省は、
▽韓国側の貿易管理に関する審査などの体制が不十分なことや、
▽問題の解決に向けて情報を交換するための局長級の政策対話が、長期間開かれていないことなどを挙げました。

これに対して韓国側は強く反発し、両国の事務レベルの会合などが開かれましたが、主張は大きく食い違って歩み寄ることはできませんでした。

そうした中、韓国は2019年9月、3品目の輸出管理を厳しくしたのは韓国をねらった差別的な措置だとして、WTO=世界貿易機関に提訴する手続きに入りました。

これに対して日本は、適切な輸出管理を行うために運用を見直したもので、WTOのルールには違反していないと反論していました。2019年12月には日韓両政府の局長級の政策対話が3年半ぶりに開かれましたが、2020年3月を最後に対話は行われていません。

日本はあくまで2国間の対話で解決すべき事案だという立場ですが、2020年6月には韓国がWTOへの提訴に正式に踏み切り、日韓両国の対立は解決の糸口が見えない状況になっていました。

日韓請求権協定からこれまで

日本と韓国は、1965年の国交正常化に伴って結んだ日韓請求権協定で、「請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」と明記し、日本政府は、この協定で「徴用」をめぐる問題は解決済みとの立場です。

協定で日本政府は、有償・無償で総額5億ドルの経済協力を約束し、韓国政府は1970年代に、日本からの資金を運用して、「徴用」で死亡したと認定した人に対し、一人当たり30万ウォンを支給しました。

また、韓国政府は2008年以降、これまでの補償が道義的に不十分だったとして「徴用された」と認定した人や遺族に対しても、慰労金の支給や医療支援を行ってきました。

こうした中、2012年に韓国の最高裁判所が「徴用」をめぐって「個人請求権は消滅していない」とする判断を示し、日本企業に賠償を命じる判決が相次ぐようになりました。

そして2018年、韓国の最高裁で日本企業に賠償を命じる判決が初めて確定すると、原告側は企業が韓国国内に持つ資産を差し押さえて売却することを認めるように地方裁判所に申し立てました。

地方裁判所がおととし、これを認める決定を出し、日本企業側が即時抗告しましたが退けられ、その後、最高裁に再抗告し、現在も審理が続いています。

“元慰安婦合意”めぐる経緯

2015年、パク・クネ(朴槿恵)政権当時、日韓両政府は、韓国政府が設置する財団に日本政府が10億円を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことなどで合意し、この問題を「最終的かつ不可逆的」に解決することを確認しました。

2016年には、この合意に基づいて、韓国政府は、元慰安婦の女性たちへの支援事業を行う「和解・癒やし財団」を設立し、女性や遺族に支援金を支払ってきました。

しかし、2017年にムン・ジェイン(文在寅)大統領が就任すると、翌年に韓国政府は、「『被害者中心主義』の原則で、財団に対する多様な意見を集めた結果だ」として、財団の解散決定を発表しました。

これによって合意は、事実上、「骨抜き」となり、日本と韓国の対立が深まりました。