スピードスケート 小平奈緒が有終の美「心が飛び出てきそう」

ピョンチャンオリンピックのスピードスケート、女子500メートルの金メダリスト、小平奈緒選手が、現役最後のレースとして臨んだ全日本距離別選手権の女子500メートルで37秒49をマークして優勝し、大会8連覇で有終の美を飾りました。

スピードスケートの全日本距離別選手権は22日、長野市のエムウェーブで2日目の競技が行われ、小平選手は女子500メートルに出場しました。

現役最後のレースに臨んだ小平選手は、最初の100メートルを全体トップの10秒44で通過すると、持ち味の重心の低い滑りでスピードに乗り、37秒49でフィニッシュし、大会8連覇を果たして有終の美を飾りました。

フィニッシュした直後には好タイムをマークした小平選手に会場から多くの拍手が送られましたが、小平選手は最終組のレースが残っていたため、金メダルを獲得した2018年のピョンチャン大会のレースのあとと同じように、観客席へ静かにしてほしいと合図を送りました。

そして、最終組のレースを終えてみずからの優勝が決まると、ゆっくりと手を振りながら声援に応えました。

最後のレース 両親も見守る

小平選手の現役最後のレースを会場で見守った父親の安彦さんと母親の光子さんが取材に応じ、安彦さんは「無事に終わってよかった。こんなにたくさんの人が会場に来てくれて感謝です。いいレースを見せてくれてありがとうと伝えたい」と話していました。

また、光子さんは「笑顔で無事にゴールしてほしいと思っていた。大勢の観客の前で滑らせてもらって私もうれしい」と笑顔で話していました。

高木美帆「ありがとうございました という気持ち」

小平奈緒選手とともに日本の女子スピードスケート界を引っ張ってきた高木美帆選手は「小平選手の偉大さ、すばらしさを感じた。なかなかこういう経験はできないので、同じ会場で滑れたのは光栄だったが、一緒の組で滑りたかったなと思う」と率直な思いを話しました。

レース後に小平選手と会話を交わした際のやり取りを振り返り「『みぽりん、スタートもうちょっと来ると思ったんだけど』と言われたので『すいません』と謝っておきました」と最後まで競技について話し合っていたことを明かしました。

そして「ありがとうございました、という気持ちです」と先輩をねぎらっていました。

最後のレースに大勢のファン

小平奈緒選手の現役最後のレースを前に、全日本距離別選手権の女子500メートルが行われる長野市のエムウェーブには開場前から大勢のファンが並び長蛇の列を作っていました。

列の先頭に並んでいた愛知県の60代の男性は「午前0時に家を出て、4時から並んでいました。最後のレース、頑張ってほしい」と話していました。

小平選手が卒業した茅野市の小学校に通い、地元のスケートクラブに所属する小学5年生の女の子は、小平選手からプレゼントされたジャージを着て応援にかけつけ「滑っているときはかっこいいが、リンクから上がったときの笑顔がかわいいです。全部一生懸命なところが好きです。ベストタイムとかは気にせず、最後まで頑張ってほしい」と最後のレースを楽しみにしていました。

また、長野県の60代の男性は「ラストランをこの目に焼き付けるために来ました。少しさみしい気持ちもある」とさみしげな表情で話していました。

日本スケート連盟によりますと、22日の前売りのチケットは完売していて、エムウェーブで行われたスピードスケートの大会では、1998年の長野オリンピック以来の満席になる見込みだということです。

結城コーチ「本当にすばらしいレースだった」

小平奈緒選手を大学生のころから指導している結城匡啓コーチは「レース前はいつもどおり、『主役だぞ行ってこい』と声をかけた。半分親みたいなところがあり、小平がスケート靴を脱ぐ時にうるっときた。筋書きがあってもこうはならないと思う。本当にすばらしいレースだったと思います」と振り返りました。

そのうえで、「生活のすべてをスケートに費やしてきたと思う。アスリートという枠を超えて、人間としてのすごみ、やると決めたときの覚悟、決意がすばらしい」とこれまでの競技生活を評価していました。

そして、「大学に来てくれてありがとうのひと言です」と感謝の思いを語りました。

小平が最後に見た“あの景色”

「鳥肌を越えて心が飛び出てきそうだった」

1998年の長野オリンピックが行われた会場で、満員の観客から声援を受けてレースを滑ることは小平選手にとって夢に見た瞬間でした。

小平選手がスピードスケートで世界を目指すきっかけになったのが、地元・長野県のエムウェーブで開かれた1998年のオリンピックでした。

当時、小学5年生だった小平選手は会場で見ることはできなかったものの、録画したビデオを繰り返し再生して男子500メートルで清水宏保さんが金メダルを手にする姿などを目に焼き付けました。

「いつか自分もあの景色を見てみたい」とここからスケートにのめり込んでいきました。

実は、小平選手が夢に見ていた“景色”は2つありました。

1つは、オリンピックで金メダルを獲得しその時に見る会場の景色です。これは2018年のピョンチャン大会で金メダルを獲得したことで達成しました。

そして、もう1つが、満員のエムウェーブでレースをするという景色です。小平選手のエムウェーブへの思い入れは人一倍で、世界トップレベルの選手になっても、長年練習の拠点にしていました。

お気に入りの場所は、天井。長野オリンピックのとき、男子500メートルのレース前に清水選手が寝転がって天井を見たというエピソードを踏まえ、「あのシーンはすごい印象的でよく目がいきます。これが宏保さんが見ていた天井かって思う時はよくありますね」と興奮気味に話すこともありました。

そのエムウェーブを現役最後のレースの場として選んだ小平選手。

関係者から前売り券が完売し長野オリンピック以来の満員になると聞くと「エムウェーブで満員のお客さんをリンクから見ることが、どういう状況なのかを体験してみないとわからない。イメージどおりなのか、違った景色を見られるのか楽しみ」と語っていました。

ついに22日、その時を迎え予想通りの満員の観客席を見た小平選手は、レース前の練習では表情に変化はありませんでしたが、レース後には「一瞬でも皆さんの顔を見れば涙がこぼれそうだった」と話すほど、感情は高まっていました。

そして、午後0時半すぎ、すべての力を出し切って滑り終えたあと、満員の観客からの拍手と声援に包まれたエムウェーブのリンクを1周しました。

「長野オリンピックを見た画面越しでは伝わってこなかった人のぬくもりを感じ取れました。人生で初めて鳥肌が立ったのが、長野オリンピックでしたが、鳥肌を越えて心が飛び出てきそうな感じでした。本当に夢見ていた空間の中で滑ることができたのはオリンピックでメダルをとったときよりも、世界記録に挑戦したときよりも価値のあるものだと感じました。どのシーンにも置き換えることのできない幸せな時間でした」

思い描いた景色をしっかりと競技人生の最後に見届けた小平選手は静かにリンクをあとにしました。

小平が明かした 37秒49の間に詰まった思い

小平奈緒選手は、会見で現役最後の500メートルをみずから次のように解説しました。

まず、スタートからの100メートルについては「スタートで構えた時に、2週間くらい前まではことし1月に痛めた捻挫の痛さが若干残っていて、決まりが悪いなという感覚があったが、大会が近づくにつれてどんどんなくなってきてこれはいけるという状態にはなった。(本調子には)もう一歩、戻し切れなかったという感覚はあるが、いい集中で100メートルを通過できた」と振り返りました。

そのあとの300メートルについては「第1カーブは完全に身を委ねていて、転ぶ心配もなくてバックストレートもかなりいい形だった」としたうえで「第2カーブはもしかしたら転ぶかもしれないなときのう一瞬よぎったこともあったが、足元がすごくしっかりしていて全然その心配はなかった」と話しました。

そして、フィニッシュまで最後の100メートルは「もうここからは自由だって思った。一直線に飛び込むだけだと思って、すごく気持ちよく滑ることができた」と37秒49の間に詰まったさまざまな思いを明かしました。

競技終了後に引退セレモニー

エムウェーブでは全日本距離別選手権の大会2日目の競技がすべて終わったあと、小平奈緒選手の引退セレモニーが行われました。

午後4時すぎ、小平選手が観客の声援に応えながらリンクを1周したあと、会場のスクリーンには、長年、女子500メートルで競い合ったライバルで親交のある韓国のイ・サンファさんから「私たちは目標を達成した。これからも奈緒の未来を応援するよ。いつでも韓国に遊びに来てね」などという日本語のメッセージが流れました。

このあと、長野大会とトリノ大会で合わせて3つの金メダルを獲得し、小平選手がオランダに留学していたときのコーチだったマリアンヌ・ティメルさんがサプライズで登場し、小平選手に「特別な瞬間に立ち会えて奈緒に会えたことをうれしく思う」などとことばをかけました。

そして、最後に小平選手は会場の観客に向け「サプライズが多すぎて頭が真っ白になったが、たくさんの人に見守られながらスケート人生に終止符を打てた。私の歩みはこれからも続くので、皆さんの近くで歩みを進められたら幸せだ」と語りかけました。