“懲役”と“禁錮”一本化した「拘禁刑」創設 改正刑法成立

人を侮辱した行為に適用される侮辱罪に懲役刑を導入し、法定刑の上限を引き上げるほか「懲役」と「禁錮」を一本化した「拘禁刑」を創設する改正刑法などが、参議院本会議で、自民・公明両党や日本維新の会、国民民主党などの賛成多数で可決 成立しました。

改正刑法などでは、SNS上のひぼう中傷対策を強化するため、公然と人を侮辱した行為に適用される侮辱罪に懲役刑を導入し、法定刑の上限が「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」に引き上げられます。

一方、衆議院での審議で、施行から3年後に表現の自由を不当に制約していないかなどを検証し必要な措置を講じることなどを付則に盛り込む修正が行われました。

また改正法には、身柄の拘束を伴う刑のうち、刑務作業が義務づけられている「懲役」と、義務づけられていない「禁錮」を一本化した「拘禁刑」の創設も盛り込まれ、明治40年の刑法の制定以来、初めて刑の種類の見直しが行われました。

「拘禁刑」では、受刑者の特性に応じて、刑務作業のほか再犯防止に向けた指導や教育プログラムなどが実施できるようになります。

改正法は13日の参議院本会議で採決が行われ、自民 公明両党や日本維新の会、国民民主党などの賛成多数で可決 成立しました。

改正刑法では刑の「執行猶予」の制度が拡充に

執行猶予には、保護観察の対象となり、保護司などの指導や監督のもとで社会生活を送るケースがあり、これまでは、執行猶予の期間中に再び罪を犯した場合、保護観察の対象の人は実刑となり、対象ではない人は再犯の量刑が1年以下であれば再び執行猶予を付けることもできるとされていました。

改正法では、再発防止の観点から、裁判所が個別の事案に応じた処分を出せるよう、保護観察中に再び罪を犯した場合でも執行猶予を付けることができるようにするとともに、2回目の執行猶予を付けることができる再犯の量刑を1年以下から2年以下に引き上げました。

そして、保護観察の対象で2回目の執行猶予が付いた人への対策を強化するため、保護観察所が、再犯に結びついた要因を的確に分析するとともに、少年鑑別所に対し、改善に向けた適切な指針を示す「鑑別」について、刑務所などが依頼する対象者を20歳以上の受刑者にも拡大し、個々の特性に応じて活用するよう求めています。

また、刑務所や少年院に収容されている受刑者や少年に被害者の心情などを伝え、反省を促す制度も整備するとしています。

このほか、受刑者の社会復帰を促すため、住まいや就労先の確保を後押しし適切な医療を受けられるよう支援することや、拘置所や警察署などで勾留されている人にも、必要に応じて、住まいの確保や就労支援に向けた調整を行う規定なども設けられました。

侮辱罪厳罰化 被害を受けた人たちは期待示す

侮辱罪の法定刑を引き上げる改正刑法の成立を受けて、インターネットやSNS上のひぼう中傷で被害を受けた人たちが記者会見し「抑止につながる」と期待を示しました。

フジテレビの番組に出演していたプロレスラーの木村花さんは、SNS上でひぼう中傷を受け、おととし22歳の若さでみずから命を絶ちました。

この問題などをきっかけに対策の強化に向けた議論が加速し、母親の響子さんは厳罰化の必要性を訴え続けてきました。

記者会見で響子さんは「やっと、という思いが強い。ひぼう中傷は犯罪だと多くの人に認識されることで、さらに細やかな法整備につながると期待している」と述べました。

そのうえで「SNSなどに感情のまま書き込むと、傷つく人が出て刑事罰に問われる可能性がある。書き込む前に手を止めて乱暴な表現になっていないか確認してもらいたい」と訴えました。

また、東京・池袋の暴走事故で妻と娘を亡くし、交通事故防止の活動を行う中でひぼう中傷を受けた松永拓也さんは「見ず知らずの人からひぼう中傷を受け、胸が苦しくなるほど心が痛んだ。罰則がしっかり運用され、社会に周知されることが抑止につながると思う」と話しました。

さらに、ネット上に事実と異なる書き込みをされ、中傷や脅迫を受けたことがあるタレントのスマイリーキクチさんは、「言葉が犯罪になりうることを自覚しないといけないと思う」と話していました。

侮辱罪厳罰化 表現の自由がおびやかされないか懸念の声も

日弁連=日本弁護士連合会は、ことし3月に出した意見書で、侮辱罪は処罰の対象が広いため、政治的意見などの正当な論評も萎縮させ、表現の自由をおびやかすおそれがあるほか、法定刑の引き上げにより逮捕・勾留されて長期間、身体拘束されることになると指摘しました。

意見書の作成に携わった、第二東京弁護士会の趙誠峰弁護士は、インターネット上のひぼう中傷をなくしていくことは必要だとしたうえで、今回の法改正について「時の政府に少し侮辱的な表現を含んだ批判的な言動をしたら、ある日突然、逮捕状が示されるかもしれない。非常に怖い世の中になるリスクをはらんでいる」と話します。

そのうえで「今後、適正に運用されているか批判的な検証やチェックをしていく必要がある。刑罰で問題を解決するのは最後の手段であり、それより手前の段階で民事上の解決が効果的にできるよう、損害賠償の金額を上げたり、ひぼう中傷した人の情報を被害者が開示しやすくするなどの対策も必要だ」と指摘しています。

ネット上のひぼう中傷を防げ 条例で対策に乗り出す自治体も

群馬県はおととし、全国で初めてネット上のひぼう中傷に関する条例を定め、表現の自由に配慮しつつ、インターネットリテラシーの向上や被害者の相談体制の整備などに取り組むとしています。

条例には学校教育との連携も盛り込まれ、県教育委員会はSNSを使う際の注意点などをゲームを通して学べる独自の教材を制作し、先月から県内の学校に配布しています。

ゲームの舞台は学校で、プレーヤーは友だちとやりとりをしたり通信アプリを使ったりする場面でどう対応するか選択を迫られます。

この選択によってストーリーの展開が左右され、例えば友だちと撮影した動画をSNSに投稿したところ、通っている学校や実名が特定されたりひぼう中傷するコメントを書き込まれたりするなど、リスクや被害の深刻さを体感することができます。

県教育委員会の井熊一穂指導主事は「インターネットに関する正しい知識とともに、相手のことを考える想像力や判断力、発信には責任が伴うことを学んでほしい。『罰則があるからルールを守る』のではなく、よりよい人間関係を築くためのスキルや、モラルを身につけてもらいたいです」と話しています。

また、条例に基づき、インターネットやSNSでのひぼう中傷に関する専門の相談窓口も設置しています。

県によりますとおととしの開設から先月末までに617件の相談が寄せられ、内容に応じて弁護士や、心理的ケアを行う臨床心理士につなぐなどして解決をはかるということです。

対応にあたる被害者支援センターの、高橋添事務局長は「ネット上で拡散された情報は消すのが難しく、被害者の苦しみは長く続きます。厳罰化が抑止力となりひぼう中傷が少なくなれば良いと思います」と話しています。

法改正 背景の1つに「再犯者の割合高止まり」も

法務省によりますと、刑法犯で検挙された人のうち再犯者が占める割合は、ここ数年は50%近くに上っているということです。

新たに創設される「拘禁刑」では、刑法の条文に「改善更生を図る」と明記し、受刑者の立ち直りを後押ししていくねらいがあります。

「懲らしめ」の意味合いがあったこれまでの「懲役刑」から大きく転換を図ることになります。

懲役刑では、受刑者は木工や洋裁などの刑務作業を1日最大で8時間行うことが義務づけられていますが、拘禁刑では、受刑者の特性に合わせた柔軟な処遇が可能になります。

例えば、薬物依存の受刑者には、グループで薬物の問題について学び、再犯を防ぐ教育プログラムを充実させたり、若い受刑者には仕事や生活に必要な学力を身につけてもらうほか、身体的な衰えが深刻な高齢の受刑者には、出所後の社会復帰に向けた体力や認知機能の回復を図る取り組みを増やすことができるようになります。

法務省成人矯正課の細川隆夫課長は「刑務作業を受刑者に行わせるだけでは再犯を防ぐことは難しい。個々の受刑者の特性や問題をよく見極めて、作業のほかにも必要な処遇があればそれを時間にとらわれずに実施していきたい」と話していました。

政界反応

松野官房長官は午後の記者会見で「今回の刑法改正は、罪を犯した者の改善更生と再犯防止を図るため、施設内や社会内における処遇をよりいっそう充実させる法整備と、侮辱行為の抑止と悪質な侮辱行為への厳正な対処を可能とする侮辱罪の法定刑の引き上げという、刑事法における喫緊の課題に対処しようとするものであり、新たな被害者を生まない安全安心な社会を実現するために重要な意義がある」と述べました。

また、侮辱罪の厳罰化で表現の自由がおびやかされる懸念があるといった指摘が出ていることについて「今後、法務省が、改正法の趣旨や内容を広く周知するなど適切に対応する」と述べました。

共産党の小池書記局長は、記者会見で「侮辱罪の厳罰化は、言論の自由、政治活動の自由を脅かすものになりかねない。言論に対する弾圧になりかねない非常に危険な内容なので、問題点を指摘し反対した」と述べました。