首都直下地震 新想定 「災害シナリオ」 東京はどうなる…?

東京都は首都直下地震の被害想定を10年ぶりに見直しました。建物の耐震化が進んだことなどで死者はおよそ6150人と前回の想定より3割余り少なくなりました。

その一方で今回新たに盛り込まれたものがあります。それが「災害シナリオ」。

地震後に起こりうる事態を時系列で示しています。生活への影響やライフラインなどへの被害はどのように変化していくのでしょうか?

■M7.3「都心南部直下地震」が発生したら…

東京都は25日、防災会議を開き、首都直下地震が起きた場合の被害想定を10年ぶりに見直しました。想定したのは首都機能や交通網に大きな影響を及ぼす「都心南部直下地震」のほか、島しょ部への津波の影響が大きい南海トラフの巨大地震など8つの地震です。
最も大きな被害が想定されたのは、冬の午後6時に風速8メートルの中「都心南部直下地震」がマグニチュード7.3で起きた場合です。

1. 震度

江東区や江戸川区など11の区の一部で震度7の揺れを観測し、23区のおよそ6割では震度6強以上になるとしています。

2. 建物被害

また全壊する建物はおよそ8万2200棟に上り、火災でおよそ11万2200棟が焼失するとしています。

3. 死者・けが人

こうした被害によっておよそ6150人が死亡し、けが人は9万3400人余りになるとしています。

4. 前回の想定より被害少ない 都“耐震化が進んだことなど影響”

前回10年前の想定で最も大きな被害が出るとされた地震は今回とは違う「東京湾北部地震」で、震源の位置や深さが今回とは異なります。このため単純に比較できないものの、今回の死者の想定は前回より3割余り、およそ3500人少なくなっています。また全壊の建物も3万4000棟余り少なくなっています。

被害想定が小さくなったことについて、都は今の耐震基準に基づいた住宅が増えて9割以上になったことや、木造住宅が密集する地域が半減したことなどが理由だとしています。また帰宅困難者は最大でおよそ453万人に上ると想定されました。10年前の想定からはおよそ64万人減っています。

■「災害シナリオ」

一方、今回の想定では生活に及ぼす影響やライフラインなどへの被害が地震のあとどのように変化するのか、1か月以上にわたって時系列で具体的に示した「災害シナリオ」を新たに盛り込みました。被害や影響が時間の経過とともにどのように変化していくのか、詳しく見ていきます。

<ライフライン・インフラ>

1. 電力

地震直後や翌日は発電所が運転を停止すると供給能力が低下し、広範囲の停電や首都機能を維持するための計画停電が行われる可能性があるほか、送電用の鉄塔が多く倒れると停電は長期化するとしています。3日後からは電柱や電線の復旧作業によって徐々に停電は減っていくとしているものの、供給が低下したままなのに需要が抑制されないと計画停電が継続する可能性があるとしています。

2. 上下水道

断水は23区の3割、多摩地区の1割で起きるとしています。水道や下水は1か月後にはおおむね復旧するものの、ビルやマンションでは配管修理が完了しないと水道やトイレを利用できない状況が続きます。

3. 通信

通信も大きな被害を受けると想定されています。電話やインターネットは基地局や電柱の被害で地震直後から使えなくなるほか、通話やデータの送受信が集中することで電話はつながりにくくなり、メールやメッセージのやり取りにも時間がかかるようになります。さらにその後、基地局などで非常用電源の燃料が枯渇すると利用できない地域が広がるケースもあるとしています。

4. 在来線・私鉄

また地震直後にストップした在来線や私鉄は、1週間後でも脱線や橋脚などの被害によって多くの区間で運行停止のままで出勤や帰宅が困難な状況が続くとしています。1か月後には震度6弱以上の揺れを観測した地域のおよそ6割で復旧するものの、橋脚などの被害の程度によってはさらに復旧まで時間がかかるとしています。

5. 物資の不足も…

また東京湾の岸壁のおよそ7割が被害を受けコンテナなどによる物流に大きな影響を与えるほか、先行きへの不安による買いだめで物資の不足が加速するおそれも指摘しています。

<救助活動>

1. 同時多発火災 鎮火までに丸一日以上

地震の発生直後、住宅や事業所で火気や電気を使う器具から出火し「同時多発火災」が発生して鎮火までに丸一日以上かかると想定されています。

また住民が避難したあとに電気が復旧した場合、揺れで倒れた電気コンロなどから出火する「通電火災」が起きると通報が遅れる可能性も指摘されました。都は避難する際はブレーカーを落とすよう呼びかけています。

2. 緊急輸送道路 沿道の建物が倒壊して渋滞に

緊急車両の通行の確保が必要な「緊急輸送道路」でも、一部で沿道の建物が断続的に倒壊するなどしておよそ40%の区間で時速20キロ以下の渋滞になるとしています。さらに幅の狭い道路では沿道の建物の倒壊が増え、特に環状7号線と8号線の間や、町田市の南部などではこうした細い道路が通れなくなる地域が多くなるとしています。このため陸路で移動する場合、消防や自衛隊の現場到着や、緊急派遣された災害派遣医療チーム=DMATの活動開始が遅れる可能性があるとしています。

さらにヘリポートや格納庫で液状化現象が起きると出動に影響が出るほか、公園や学校のグラウンドに避難者が集まることで救助のヘリコプターが着陸できないおそれもあります。

また地震が起きてから数日後には道路の被害などによっては燃料の供給が遅れ、災害対応車両の活動に影響が出るおそれがあると指摘しています。

およそ1週間後からは道路が徐々に通れるようになるものの、多摩地域の山間部などで土砂崩れが起きた場合は集落の孤立化が長期化する可能性もあるとしています。

<避難>

避難生活で想定されるシナリオは避難所に避難した時と、在宅避難を続けた時とで分けて検討されました。

1. 避難所に避難のケースでは

地震発生直後は多くの人の避難が見込まれますが、停電や通信の断絶によって行政側による避難者の数の把握や安否の確認のほか、避難所で必要な物資を把握することが難しくなる可能性があるとしています。例えば臨時に開設された避難所などは、行政に把握されないまま食料や救援物資などが届かない事態が生じる可能性が指摘されました。また仮設トイレなどの衛生環境が急激に悪化して、特に夏場は感染症の発生につながる可能性があるということです。こうした状況が続くと、新型コロナウイルスやインフルエンザ、ノロウイルスなどの感染症がまん延する危険性があると指摘しています。
地震発生から3日後以降、自宅で避難していた人が備蓄がなくなり、避難所に避難してくるケースが増える可能性があります。避難所が過密になったり衛生環境がさらに悪化したりして、車中泊など屋外での避難を考える人も出てくる可能性があります。またこのころには避難所に非常用の発電機があったとしても燃料がなくなって使えなくなり、テレビやスマートフォンによる情報収集や、照明・空調などの利用が難しくなるおそれが出てくるということです。避難所に来る避難者は4日後から1週間後までにピークを迎え、およそ300万人に上るということです。

1週間後ごろからは計画停電の実施が及ぼす影響も考えなくてはいけません。携帯電話の基地局の停電でさらなる通信障害が発生したり、空調が使えない事態が想定されています。空調が使えないと夏場などは熱中症や脱水症状が起き、冬場だとかぜをひいて体調を壊す可能性もあります。さらに慣れない避難所生活が続くと、高齢者や既往症を持つ人などの病状が悪化したり、外国人など生活習慣や文化が異なる人たちの精神的な負担が増していくことに注意が必要になるとしています。

2. 在宅避難のケースでは

自宅に大きな被害がなく、周囲に火災などの危険性もなく、備蓄がある程度確保できている時などは在宅避難も想定されます。ただマンションなどの中高層階に住む人は地震の発生直後からエレベーターの停止により、地上との往復が難しくなるおそれがあるとしています。中には水道の供給が続いていても配水管などが壊れ、修理が完了するまでトイレが利用できなくなる事態も想定されます。

徐々に停電が解消されたとしてもエレベーターは点検作業が完了するまで使用できないおそれがあります。都によりますと、都内にある高さ45メートルを超える高層建築物は前回の被害想定の公表以降、この10年でおよそ1.4倍になったということです。また共同住宅の6階以上に住んでいる世帯も3割ほど増加したということで、高層階に住む人たちに対し在宅避難への備えを呼びかけることが重要になっています。屋上などに設置されたタンクに水をためて使っているマンションや住宅では、水道が止まらなくても停電によってタンクまでくみ上げることができず、水が使えなくなるおそれが出てきます。

停電が続いて空調が使用できないと、自宅でも熱中症や脱水症状になったり、かぜをひいて体調を崩したりする可能性があり、ライフラインの復旧に時間がかかる場合は生活が徐々に困難になります。また自宅の再建や修繕が建設業者や職人が確保できずに、すぐに行えないおそれも指摘しています。受水槽や給水管などの設備を直すことができずに断水が長期化する可能性があります。

<帰宅困難者>

1. 帰宅困難者は453万人

今回の被害想定で都は、最も被害が大きい地震の場合、帰宅困難者が453万人に上ると想定しています。自宅を目指して歩いても、途中でスマートフォンのバッテリーが切れるなどして家族などと連絡を取ったり安否を確認したりすることが難しくなります。代わりとなる公衆電話は、都によりますと設置台数がこの10年間で半減しているということで、長蛇の列が予想されます。

コンビニエンスストアやスーパーマーケットは、被災して利用できなくなったり早期に在庫が枯渇したりして、帰宅困難者が物資を入手するのも難しくなることが予想されています。

また帰宅困難者の中には、地震による看板の落下や火災のエリアが広がるなどの「2次被害」で、徒歩で帰宅することも難しくなる人が出るおそれがあるということです。こうした人たちが屋外にとどまると道路が混雑してしまい、車両による救急・消火活動に多大な支障を来すおそれがあるとしています。さらに延焼やその後の地震などでみずからの安全の確保も難しくなる場合があると指摘しています。

2. 一時滞在施設では

都などはこうした人たち向けに駅の近くなどに一時的に滞在できる施設を用意していますが、多くの人が訪れた場合、備蓄物資が早い段階でなくなるおそれがあります。また地震発生から数日たっても道路の寸断や交通規制などによりバスなどによる代替輸送が難しい状況が続き、勤務先や通学先、一時滞在施設での滞在が長期化するおそれもあります。飲み物や食べ物、トイレの確保などができなくなり、一時的な滞在が徐々に難しくなる可能性があります。

<震災関連死>

1. 停電、車中泊、慣れない環境で…

長引く避難生活で体調が悪化して死亡するいわゆる「震災関連死」では、地震直後には停電で人工呼吸器などが停止し死亡するおそれがあるほか、数日後からは車中泊によるエコノミークラス症候群などによる死亡が、そして1か月以上あとには慣れない環境での心や体の不調による自殺などが想定されるとしています。

今回の被害想定では「震災関連死」について人数は示されていませんが、例えば避難所では停電で空調が止まり熱中症になるとか、衛生環境が悪化して感染症がまん延するなど「震災関連死」につながりうる状況を想定しています。

2. 専門家「震災関連死 みんなの努力で減らすことは可能だ」

常葉大学 重川希志依教授(東京都防災会議の委員 / 防災教育に詳しい)
「避難所での食中毒やインフルエンザのまん延などの重要な課題がこれまで見過ごされてきた。衛生環境の維持は行政がすべて行うことは難しく、避難所に消毒液を持っていくなど自分たちで対策することが大切だ」

高齢者や障害者などをどう守るかについてー
「大規模災害の時にはヘルパーなど支援者側も被災するため、高齢者や障害者は支援が受けられなくなり体調が悪化する。心の不安は心筋梗塞など身体的な症状につながるため、周りの人たちが声をかけたり気にしたりしてあげるだけでも震災関連死の防止につながる。減らすことはみんなの努力で可能だ」

東京都 地域防災計画を改定へ

東京都はこうした想定をもとに具体的な対策を盛り込んだ地域防災計画を今後改定し、来年度、令和5年度の早い時期に取りまとめたいとしています。

地震部会長「自分の状況でどう対応するか知ってもらいたい」

東京都防災会議地震部会 平田直部会長
「この10年で着実に地震災害対策が進んだが、まだまだ不十分なところがあることも明らかになった。被害想定として数字に表すことのできないいろいろな事象を時系列的に取りまとめることによって、都民一人一人が自分の状況に合わせた形でどう対応したらいいかということを知ってもらえるようなシナリオを作ることができた」

この10年で住む人が増えたとされるタワーマンションなど、高層住宅で在宅避難した時の対策についてー
「強い揺れになるとエレベーターは止まり、復旧するには大変時間がかかることが予想される。そうした時に上層階での生活が成り立つようにきちんと備蓄をしておく必要がある」
「個人の努力だけではなかなか難しいので、例えばマンションの中の自主防災組織などが連携して進めることが大事になる。旧来の地域のコミュニティーが醸成されていないところもあると思うので、新たな課題として対策を呼びかける必要がある」

小池知事「東京の総力を挙げて防災に取り組む

東京都 小池知事(防災会議で)
「この10年間でマンションに住む人やスマートフォンを利用する人が増え、テレワークが進展するなど社会の環境が大きく変化している。将来にわたって持続可能な都市を築き上げるためには、変化に柔軟に対応し先を見据えて行動しなければならず、被害想定の結果を踏まえ東京の総力を挙げて防災に取り組んでいく」
「『備えよ常に』ということばは大切なポイントだ。リスクを直視して正しくおそれ対策を進めていくこと、私たち一人一人が高い防災意識を持つことが重要だ」