五輪談合事件 電通など6社を起訴 大会組織委の元次長など7人も

東京オリンピック・パラリンピックの運営業務をめぐる談合事件で、東京地検特捜部は広告大手「電通グループ」や「博報堂」など6社と、大会組織委員会の元次長や各社の幹部ら7人を独占禁止法違反の罪で起訴しました。東京大会をめぐる汚職事件をきっかけに始まった談合事件の捜査は、広告業界を代表する企業が罪に問われる異例の事態になりました。

起訴されたのは、広告大手の「電通グループ」「博報堂」「東急エージェンシー」や、いずれもイベント制作会社の「セレスポ」「フジクリエイティブコーポレーション」「セイムトゥー」の6社と、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会大会運営局の元次長、森泰夫被告(56)、電通の元幹部でスポーツ事業局のマネージング・ディレクターなどを務めた逸見晃治被告(55)、セレスポの専務鎌田義次被告(59)、それにフジクリエイティブコーポレーションの専務藤野昌彦被告(63)の4人です。

さらに、博報堂DYスポーツマーケティング社長の横溝健一郎被告(55)、東急エージェンシー元取締役の安田光夫被告(60)、セイムトゥー社長の海野雅生被告(56)の3人が在宅起訴されました。

東京地検特捜部などによりますと、6社と森元次長らは組織委員会が発注した各競技のテスト大会の計画立案業務の入札や、本大会の運営業務など総額437億円の事業を対象に不正な受注調整を行っていたとして、独占禁止法違反の罪に問われています。

テスト大会の計画立案業務を落札した企業はその後、随意契約の形で同じ競技の本大会の運営業務なども受注していて、特捜部は各社がより金額が大きい本大会の業務の受注を視野に談合を行っていた疑いがあるとみて捜査を進めてきました。

特捜部は、広告大手ADKのグループ会社についても談合に関わったとみていますが、独占禁止法の「課徴金減免制度」に基づいて、公正取引委員会に最初に不正を自主申告したことを考慮し、起訴を見送ったとみられます。

特捜部は、7人の認否を明らかにしていませんが、関係者によりますと森元次長と逸見元幹部は、起訴された内容を認めているということです。

東京大会をめぐる汚職事件をきっかけに始まった談合事件の捜査は、広告業界を代表する企業が法人として罪に問われる異例の事態になり、一連の捜査は28日の起訴で、1つの区切りを迎えました。

「東京五輪談合」事件の構図は

特捜部と公正取引委員会が談合が行われたと認定したのは、大会組織委員会が発注した各競技のテスト大会の計画立案の委託先を選ぶために2018年に行われた26件の入札とこれに続くテスト大会や本大会の運営業務で、各社の受注総額は437億円規模に上ります。

26件の入札は電通など9社と1つの共同企業体があわせて5億円あまりで落札し、これらの企業すべてが組織委員会と随意契約を結ぶ形でその後、同じ競技のテスト大会と本大会の運営業務を受注しました。

関係者によりますと組織委員会が入札の前に作成した説明用の資料に「落札した企業が原則として本大会の業務を受注する」という内容の記載があったということで、特捜部などは各社の受注調整の対象は随意契約だった本大会などの運営業務にも及んでいたと判断しました。

公正取引委員会は、落札した企業のうちADKのグループ会社も受注調整に関わっていたと認定しましたが、独占禁止法の「課徴金減免制度」に基づいて調査が始まる前に最初に不正を申告したことを考慮し刑事告発は見送られたとみられます。

特捜部は、入札で業務を受注した9社のうち電通のグループ会社と告発が見送られたADK、それに受注調整に関わっていなかったと認定した1社を除く6社と組織委員会の森元次長、それに電通の逸見元幹部など6社の幹部や元幹部のあわせて7人を起訴しました。

主導したのは森組織委元次長か

今回の事件は発注側の組織委員会が受注調整に深く関わっていたとされるのが特徴の1つで、森元次長を知る複数の関係者は「事件の背景に失敗は許されないというプレッシャーがあったのではないか」と指摘しています。

森元次長は「大会運営のノウハウがある会社がすべての競技で手を挙げてくれるか懸念があった」などと周囲に話していたということで、こうした懸念からスポーツイベントの運営経験が豊富な電通の逸見元幹部に相談するようになったとみられます。

関係者によりますと森元次長は当初はテスト大会の計画立案業務を随意契約で発注する意向で組織委員会の内部では「競技ごとに実績のある企業と随意契約を結びたい」と主張していたということです。

発注が随意契約ではなく競争入札で行われる方針は2018年の1月ごろ、組織委員会の内部で事実上、決定しましたが、その後も元次長は電通とともに業者間の不正な受注調整を主導していたとみられています。

総額およそ437億円の“受注調整” その流れは

電通と組織委員会は当初、運営実績をもとに競技ごとに随意契約で受注させる計画で各企業の割り付け作業を進め、暫定的に作成された一覧表をもとに、2018年の1月末以降、森元次長が各社の幹部と面会して意向を確認するなど、本格的な調整が始まったということです。

一方で同じ頃、組織委員会の内部で発注が随意契約ではなく、競争入札で行われる方針が決まります。

さらに2018年3月には森元次長が、一覧表を見た当時の上司から「電通が多すぎる」と指摘されたほか、発注の方式が「競技ごと」ではなく「会場ごと」に決まるなど想定外の要因が重なります。

複数の競技が実施される会場では1つの業者しか落札できなくなり森元次長が各社の担当者を引き合わせ、元請けと下請けに振り分けるなどの調整が業者間で繰り返されたとみられています。

一覧表は2018年4月に入札の受付が始まる直前のおよそ1か月間だけで10回以上、更新されていたということです。

特捜部と公正取引委員会はこうした受注調整の結果、各社が総額およそ437億円の業務を競争を行わずに受注し、利益を分け合ったとみています。

電通の関与は

電通は入札の前年の2017年7月ごろから組織委員会と定例の会議を開くようになり、競技ごとの運営実績などをもとに受注させる企業を割り付ける一覧表を作成する作業を始めたということです。

さらに同じ年の秋ごろには森元次長の依頼を受けて社内に組織委員会の発注業務などを支援するチームを立ち上げ、逸見元幹部が実質的なトップを務めていたとみられます。

そしてこのチームは、競争入札での発注が決まった後も、発注者が入札に際して条件などを業者側に示す「仕様書」の作成方法や入札の選考に当たっては業者の実績を重視することなどを組織委員会に助言していた疑いがあるということです。

事件の背景には「電通頼み」ともいえる構造が

東京大会を舞台にした一連の汚職事件と談合事件。いずれも広告最大手で、大規模イベントの運営経験が豊富な「電通頼み」とも言える構造の中で大会運営が行われてきたことが背景にありました。

組織委員会の公表資料によりますと、電通やグループ会社が組織委員会と契約した件数は2021年度末までの8年間にのべおよそ250件に上り、このうち開会式と閉会式の運営や演出などの業務は152億円で受注しました。

さらに聖火リレーや表彰式など主要なイベントの運営業務、それに大会の象徴となるエンブレムやマスコットの公募と審査なども電通のグループが担いました。

電通は今回の談合事件で、社内に組織委員会を支援するチームを立ち上げ、発注側と一体となって入札業務を取りしきり、テスト大会の計画立案業務を受注させる企業の割り付けや仕様書の作成などに関わっていたとみられています。

電通は競技やイベントの実施だけでなく運営資金の獲得でも欠かせない役割を果たしていました。

電通は2014年に組織委員会から「マーケティング専任代理店」に指名され、スポンサー選定の窓口業務を一手に担い、組織委員会は最終的に68社のスポンサー企業から大会史上最高の総額3700億円の協賛金を集めました。

電通の専務や顧問を歴任した組織委員会元理事の高橋治之被告はこうしたスポンサー選定や契約をめぐって賄賂を受け取っていたとして4回、逮捕・起訴され、電通から多数の幹部や社員が出向し、スポンサーの契約業務を担っていた組織委員会のマーケティング局も事件の舞台の1つとなりました。

NHKの取材に対して組織委員会の元職員の1人は「組織委員会は大会運営のノウハウがないため頼りがいがある電通に任せておけば安心だという期待感があった。一方、組織委員会に電通から出向していた人たちにとっては東京大会が終われば解散する期間限定の組織で電通の利益を考えて仕事をしていて、そこに利益相反を生む構造的な問題があったと思う」と指摘しています。

電通とオリンピック 前回1964年大会から深い関係

電通のホームページによりますと、1964年の東京大会について「全社をあげて成功に貢献し、この種のイベントが持つビジネスの可能性を日本の広告業界に示した」としています。

さらに、オリンピックの商業化が進んだとされる1984年のロサンゼルス大会については「日本における独占権を多数獲得し、各種競技団体が企業から支援を受ける見返りに所属選手の広告使用を許諾する『がんばれ!ニッポン!』キャンペーンを開発した」とし「その後のスポーツ関連ビジネスの礎となった」としています。

このロサンゼルス大会では1業種1社に絞ってオリンピックのマークなどを広告・宣伝に活用できる、今に続くスポンサー契約のシステムが採用され、電通が深くかかわったとされています。

そしておととしの東京大会では、2014年に大会組織委員会から「マーケティング専任代理店」に指名され、スポンサーの契約を希望する企業との窓口となりました。

こうしたオリンピックとのつながりのほか、JOC=日本オリンピック委員会とも契約して日本代表関連のスポンサーを集める業務を担い、JOCから競技団体に交付される資金の確保にも貢献してきました。

JOC関係者のひとりは「スポーツが電通に育ててもらったという部分は否定できない」として、その存在の大きさを指摘しています。

業界2位も起訴で大規模イベント運営などで影響広がる恐れも

中央省庁や全国の自治体の間では今回の事件で、元幹部らが逮捕された電通などについて指名停止の措置を取る動きが出ていますが、広告業界2位の「博報堂」なども起訴されたことで、大規模イベントの運営などへの影響がさらに広がるおそれがあります。

この事件では、内閣府と内閣官房のほか、外務省、総務省、文部科学省など少なくとも7つの省庁が、元幹部らが逮捕された電通やセレスポなど3社に対して今月15日から9か月間にわたる指名停止の措置をとっているほか東京都や大阪府など地方自治体の間でも3社を指名停止にする動きが広がっています。

このうち外務省はことし5月に開かれる「G7広島サミット」の会場の設営と運営を請け負う事業者を決めるための選考を行っていますが、指名停止になるような行為で捜査を受けていないことが選考参加の条件で、電通や博報堂などは条件を満たしていないとみられます。

サミットのような大きなイベントの運営にはノウハウが必要とされ、4年前の「G20大阪サミット」は電通がおよそ117億円で受注しました。

外務省は今後の影響について「適切な実施体制を確保すべく取り組んでおり、準備に万全を期して参りたい」としています。

きょう法人が起訴されたことで「博報堂」、「東急エージェンシー」、「セイムトゥー」の3社についても今後、中央省庁や各地の自治体から指名停止の措置が取られる可能性があり、大規模イベントの運営などへの影響はさらに広がるおそれがあります。

自主申告でADKのグループ会社は刑事告発見送りか

不正を自主申告した企業の課徴金を免除したり、刑事告発を見送ったりする「課徴金減免制度」は、欧米の制度を参考に、独占禁止法の改正で2006年に導入されました。

今回の談合事件でもADKのグループ会社はこの制度に基づいて刑事告発が見送られたとみられています。

この制度で、公正取引委員会の調査が始まる前に最初に不正を自主申告した企業は、課徴金が100%免除され、刑事告発が見送られるほか、2番目以降に申告した企業も調査への協力度合いなどによって課徴金が減額されます。

導入の際には「密告者だけが不当な利益を得る結果になる」とか、「日本の文化にはなじまない」といった批判もあり、制度が定着するか注目されましたが、去年3月末までに1395件の申請があり、NHKの取材に対し、公正取引委員会の幹部の1人は「違反行為の摘発に強い威力を発揮している」と話しています。

2020年に大手3社が起訴された医薬品卸会社の談合事件では、3社が罰金2億5000万円の有罪判決を受けたほか、公正取引委員会は3社に総額4億2000万円の課徴金納付命令を出しました。

この事件にはほかの大手の1社も関わっていましたが最初に不正を申告したため刑事告発が見送られ、課徴金の納付も命じられませんでした。

このほか事業者向けの電力の販売をめぐり中国電力と中部電力、九州電力などがカルテルを結んでいたとされる問題では、去年、公正取引委員会が過去最高額の総額1000億円余りの課徴金を命じる方針を固めましたが、最初に違反を自主申告した関西電力は課徴金を免除されるとみられます。

専門家 “組織委は健全な組織としての規律なし”

組織のガバナンスの問題に詳しい青山学院大学の八田進二名誉教授は、今回の事件について「発注者の組織委員会は、イベントの運営経験が豊富な電通に頼めばこれほど楽なことはなく、電通側もそこそこの収入や利益が得られる。お互いに甘えの構図の中で今回の対応が行われてきたのではないか」と指摘しました。

その上で組織委員会を舞台に汚職事件と談合事件が相次いだことについて「組織委員会はまさに健全な組織としての規律がなく、ガバナンス欠如、ガバナンス不全と言っても良いのではないか。東京オリンピック・パラリンピックでこれだけ大きな問題を露呈してしまった以上、失敗を今後に生かすためには可能な限り洗いざらい検証することが必要だ」と述べました。

各社がコメント

起訴されたことを受けて電通グループは「この事態を重大かつ厳粛に受け止めております。関係先の皆様にご迷惑、ご心配をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます」などとするコメントしています。そのうえで28日付けで外部の有識者で構成される調査検証委員会を設置したほか、電通の榑谷典洋社長が月額報酬の30%を6か月返上するなどグループや電通の役員ら5人に報酬の一部の返上を求めるなどしていることを明らかにしました。

博報堂は「このような事態になりましたことは非常に遺憾であり、皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしていることを深くお詫び申し上げます。また、今回の事態を厳粛に受け止め、全社をあげてコンプライアンスの徹底に取り組むと同時に、社会からの信頼回復に努めてまいります」などとコメントしています。

東急エージェンシーは「このような事態に至りましたことは誠に遺憾であり、多大なご迷惑とご心配をおかけしていることを深くおわび申し上げます。今回の事態を厳粛に受け止め、法令遵守に徹底して取り組み、全社をあげて信頼回復に努めてまいります」などとコメントしています。

フジクリエイティブコーポレーションは「事態を厳粛に受け止め、関係者の皆様に多大なるご心配及びご迷惑をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます。これまでの捜査当局の調べに対して弊社は事実関係を説明してまいりましたが、見解の相違もあり、引き続き今後の公判においても説明を尽くして参ります」などとコメントしています。

グループ会社の起訴が見送られたとみられるADKホールディングスはNHKの取材に対し「このたびの事態を真摯に受け止めるとともに引き続き関係当局の要請に対して誠意を持って対応し、事実の解明に向けて全面的に協力してまいります」とコメントしています。

スポーツ庁 室伏長官「スポーツの価値自体もおとしめるもの」

スポーツ庁の室伏広治長官はNHKの取材に対し「不正があったのであれば許しがたいことで、オリンピックだけでなくスポーツの価値自体もおとしめるものだと思っている。現在、再発防止に向けたプロジェクトチームを立ち上げており、スポーツ界のみならず経済界も含めてヒアリングをし充実した内容のものを示して今後に生かしていきたい」と話しています。

JOC「起訴されたことは残念」

JOC=日本オリンピック委員会は「東京2020大会に関係する会社・関係者が起訴されたことは残念だ。これだけ多くの代理店やイベント会社が起訴されたことによるスポーツ界への影響は大きい。競技団体の状況を確認しながら今後の対応を検討したい」とするコメントを出しました。

東京都 小池知事「外部有識者のもとで調査を進める」

東京都の小池知事は都庁で記者団に対し「事実ならば、都民や国民の信頼を失う重大な事件で許されるものではない。都ではすでに調査チームを立ち上げており、外部有識者のもとで調査を進めていく」と述べました。

また東京都は28日に「博報堂」と「東急エージェンシー」それに「セイムトゥー」の3社を、都が発注する事業に参加できなくする指名停止の措置を取りました。指名停止の期間は決まっていないということです。

都は「電通」「セレスポ」「フジクリエイティブコーポレーション」の3社についてすでに今月9日付けで指名停止にしています。